旅立ちの動機はいたって単純.
大学4年の秋になっても就職先が未定だった.
ふと思い浮かんだ青年海外協力隊へ衝動的に応募.
大学のバレー部の二年上の男子の先輩がザンビアへ、
一年上の女子の先輩がルーマニアへ派遣されていたこともあり、
就職をする感覚でその進路は選択肢の一だった.
「バレーを教えることで食べていけるならそんなに幸福なことはない」
そんな短絡的な思いで深く考えずに途上国でバレーを指導するという路を歩むこととなった.
軽い気持ちで、始まったThird decadeの日々.
愉しいだけでなく、苦しくもあったAfrican life.
暫く時を経ても尚残る想い出をここに記すことにする.
大学4年の秋になっても就職先が未定だった.
ふと思い浮かんだ青年海外協力隊へ衝動的に応募.
大学のバレー部の二年上の男子の先輩がザンビアへ、
一年上の女子の先輩がルーマニアへ派遣されていたこともあり、
就職をする感覚でその進路は選択肢の一だった.
「バレーを教えることで食べていけるならそんなに幸福なことはない」
そんな短絡的な思いで深く考えずに途上国でバレーを指導するという路を歩むこととなった.
軽い気持ちで、始まったThird decadeの日々.
愉しいだけでなく、苦しくもあったAfrican life.
暫く時を経ても尚残る想い出をここに記すことにする.