忘れられない一本

  「烏滸がましいにも程があるわ」と、仲間には言い放たれた.
  人にどう言われようと、自惚れ続けていきたい.
  私が伝えたかった一本を、あの子は忘れられないハズ、と.

  伝えたいことはただ一つ.
  魔法が掛かったみたいな一本を体感してもらうこと.
  スポーツには、フィジカルトレーニングが欠かせないけれど、
  いくら努力をしても、使い方を知らないと宝の持ち腐れとなる.
  大切なのは、今あるものを最大限に発揮する、ということ.
  一流選手が華麗に軽やかにプレーしているのは、
  トレーニングした成果を無駄なくパフォーマンスに繋げることが上手いから.
  小難しい、理論や原理もあるけれど、コート上では、体感してもらうのが一番.

  気は抜かずに、力を抜き、自然体でプレーをするのが理想.
  それが実に難しい.
  "力むな" とか "集中して" という言葉掛けは逆効果.
  意識をすればするほど堅くなってしまうのが人の性.
  そのため、一本、いっぽんに慎重にコメントをしていく.
  その時のコトバ択びは、どう伝えれば近道なんだろう、と、
  空想を駆け巡らせながら、常に相手の頭の中を探る.
  習うより、慣れろの前段階.
  慣れるより、習え、考えろ、頭ん中で汗をかけ.
  集中して練習をすると、身体もそうだけれど、まずは頭が疲れる.

  そんな練習を諦めずに続けていると、ボールが勝手に走り出す感覚が掴める.
  その一本が放たれた瞬間、誰しもが、あれ? という顔をする.
  その途端に普段は日本語が不自由、と言われる私も、饒舌となり、気分が高揚する.
   「それ! その感覚を忘れないで. 今、ボールが勝手に走ったやろ.
    トスをあげるのに、力は要らないんよ.
    一つ一つを大切に練習すれば、今のが、1000本に一本に、100本に一本になって、
    気付くと、自分のものになるから.」
  これで腑に落ちる選手は、もやもやしていた瞳が一気に輝き、満面に笑みが広がる.
  私はこの一瞬に立ち会うのが何とも好き.


  バレーの戦術には疎いし、教えるのは上手くない.
  指導者失格な似非だけれど、この瞬間を分かち合いたくて、つい、声を掛けてしまう.
  自分も嘗て経験した、あの不思議な感覚をこれからも広げていきたい.
  ポカンとしたあの顔をした人は、私のことは忘れても、
  自分から放たれた、初めて経験する魔法のような一本は忘れない、と、信じて.

  それにしても、私への魔法は、一体、いつ、掛かるんだろう.
  分かっているのに、できない.
  これもまたバレーの楽しさであり、難しさであり、止められない理由の一つ.